小規模保育園で施設長をしていた私は、たった数人の人間関係がこじれただけで、
円形脱毛症ができるほど追い詰められました。
結論から言うと、「辞めたい」は甘えでも逃げでもありません。
この記事では、私が人間関係で心が折れてから、退職を決意するまでの実体験を綴っています。
小規模園だからこその、逃げ場のない人間関係
施設長として現場に立っていたとき、痛感していたことがあります。
仕事内容や行事、保護者対応よりも、保育士同士の人間関係のほうが、よっぽど大変だということです。
特に小規模園では、毎日顔を合わせる先生は3〜4人ほど。
人数が少ない分、一度関係がこじれると空気が重くなり、誰にも逃げ場がなくなるような感覚になります。
事実確認をしただけなのに、届いた「間接クレーム」
ある日、職員間でトラブルが起きました。正社員とパートの先生の間で意見がぶつかったのです。
施設長として、私は客観的に状況を把握しようと、当事者に事実確認をしました。
けれど、その伝え方が「きつかった」と受け取られてしまったようで、翌日、本社から思いがけない言葉が届きます。「先生たちが、信じてもらえなくて心外だったとおっしゃっています」。まさかの、間接的なクレームでした。
誠実に、真摯に仕事と向き合ってきたつもりでした。だからこそ、そのやり方には正直、ショックを受けました。
円形脱毛症ができて、初めて気づいたこと
無視や雑用の押し付け、休みの日にばかり休憩を取っていること。
見て見ぬふりをしてきたことが、いくつもありました。
それでも、施設長という立場だからと、ずっと踏ん張ってきました。
けれど、ある日気づいたのです。円形脱毛症ができていることに。
身体は、心よりも先に「もう限界だ」と教えてくれていたのだと思います。
「辞める」と決めてから見えた景色
急に辞めれば、園にも子どもたちにも迷惑がかかります。
だから、決まった時期まではしっかり働き、その後は有給消化にあてる。
そう決めてからは、不思議と心が軽くなりました。
独り身で、支えてくれるパートナーもいない中での決断でした。
誰かに頼ることができない分、この選択は最初から最後まで自分一人で背負うものでした。
それでも、「自分の人生は自分で守っていいんだ」と、初めてそう思えた瞬間でもありました。
長年、ほとんど休むことなく働いてきました。
だからこそ、これを機にしっかり休もう、資格の勉強をしてみよう、保育以外の世界にも触れてみよう
――そんな気持ちが、少しずつ自分の中に芽生えてきました。
「辞める」という決断をさせてくれた出来事にも、今は少しだけ、感謝しています。
同じように苦しんでいるあなたへ
頑張りすぎて、心や身体が壊れてしまう前に。立ち止まっていいんだよ、と伝えたいです。
「辞めたい」は、甘えではありません。時には「逃げる」ことが、
自分を守るための最善の選択になることもあります。
私自身、施設長として現場に立ちながら、この葛藤を経験しました。
もとえん先生の経歴について、詳しくはもとえん先生とはのページでも紹介しています。
