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園長やめます|決断の裏側と準備のすべて

次の仕事は、決まっていませんでした。
それでも、私は辞めると決めました。結論から言うと、これは後ろ向きな退職ではありません。

この記事では、施設長という立場だった私が、辞めるまでにどんな準備をし、
何を考えていたかを綴っています。

目次

「園長やめます」を、私は決めました

「何かを得るには、捨てる勇気も必要だ」。そう思えるまでに、半年以上かかりました。
頼れる人がいたわけでもありません。無謀だと思われるかもしれません。
それでも、全く計画なしで、いきなり辞めたわけではありませんでした。

一番の理由は、やっぱり「人間関係」でした

辞めたい理由はいくつもありましたが、一番の原因は職員との人間関係でした。
信頼関係を築くには時間がかかるのに、壊れるのは一瞬。
そして、壊れた関係を修復するのは、築くよりもずっと難しいことでした。

「3月末には、絶対に退職しよう」。そう決めてから、半年以上前から少しずつ準備を進めていきました。

準備していることは、誰にも言えませんでした

半年以上かけて準備を進めている間も、そのことを周囲に話すことはできませんでした。
施設長という立場上、辞める気配を見せれば、園全体の空気が変わってしまうかもしれない。
そう考えると、誰にも相談できないまま、一人で計画を進めるしかありませんでした。

孤独な準備期間でしたが、同時に「自分の人生を、自分の手で決めている」という感覚も、
少しずつ育っていったように思います。

異業種への挑戦と、そのためらい

保育園から離れて、全く別の仕事に挑戦したいと思い、夏には転職エージェントと一緒に
異業種への転職活動を本格的にスタートさせました。
けれど、求人を見れば見るほど、「本当にこの仕事がしたいのか、続けられるのか」というモヤモヤが
膨らんでいきました。心が息切れして、一旦立ち止まりたいと思うようになったのです。

お金の不安ももちろんありました。
会社を離れれば、収入が途絶えるということでもあります。
生活コストの見直しや資産形成について、具体的にどう準備したかは、こちらの記事で詳しく綴っています。

施設長として、最後にやったこと

3月末の退職が理想でしたが、心の限界がもっと早く来る可能性も感じていました。
だからこそ、いつでも辞められるように、引き継ぎノートをコツコツと作り続けていました。

結果として、3月末までは持ちませんでした。
秋には、心が先に限界を迎えたのです。「こんな中途半端な時期に辞めていいのか」。
何度も自問自答しました。それでも、心が壊れてしまっては元も子もない。
だからせめて、引き継ぎだけはきちんとしようと決めました。

退職届は、1ヶ月以上前に提出しました。
半年以上かけて作った引き継ぎノートが、最後にしっかり役立ちました。
最終出勤日まで、精一杯、園長としての仕事を務め上げました。

見送る側にいたからこそ、見えたこと

施設長として、これまで何人もの先生を面接し、採用し、そして見送ってきました。
今度は自分が、見送られる側になる番でした。
だからこそ分かったのは、「辞め方」には、その人らしさが表れるということです。

逃げるように去るのではなく、最後まで自分にできることをやりきって去る。
それが、私なりの精一杯の誠実さでした。

今、同じように辞め時を考えているあなたにも、自分の辞め方を大切にしてほしいと思っています。









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この記事を書いた人

保育士歴20年以上、施設長経験7年。面接・採用・退職、保育士のキャリアの節目を現場の内側から見てきました。きれいごとだけでなく、正直な想いを綴っています。

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